日の出町合併70周年・町制施行50周年記念式典 町長式辞(要旨)
日の出町合併70周年・町制施行50周年記念式典を開催しました
令和7年10月13日(月曜日)、日の出町合併70周年・町制施行50周年記念式典をイオンモール日の出イオンシネマで開催しました。
式典では、東町長より町民の皆様、そして本町を支えていただいているすべての皆様へ感謝の言葉を述べ、ご来賓の皆様からの祝辞を頂戴したほか、70年の歴史をたどる映像を上映しました。
町長式辞(要旨)

日の出村の誕生と町の歩み
昭和30年6月1日、当時の大久野村と平井村が合併し、「日の出の勢いで燃え続ける太陽のごとく、明るい人づくり・村づくりを目指す」との願いを込めて、「日の出村」が誕生しました。現在の日の出町も「太陽と緑のまち」を標榜し、その精神は脈々と受け継がれております。
「日の出村」誕生から70年、町制施行から50年を迎えた日の出町は、豊かな自然と歴史を大切にしたまちづくりを進め、人々の優しさと支え合いの心があふれる町へと成長してまいりました。幾多の試練を乗り越えながら、少しずつその姿を変えてきた日の出町ですが、日の出山や清流平井川などの美しい自然は、今もなお私たちの誇りです。
財政再建と広域的な取り組み
近年、少子高齢化や人口減少、地域経済の変動、自然災害の激甚化、環境保護の重要性の高まりなど、社会情勢は極めて複雑かつ厳しいものとなっております。日の出町においても、持続可能な地域社会の構築が強く求められております。
こうした中、今日の町の礎となった重要な取り組みの一つが、「 東京都三多摩地域廃棄物広域処分組合 ( 現・東京たま広域資源循環組合 )」が運営する「最終処分場」受け入れです。昭和55年、町は第一次長期総合計画「ひので55(ゴーゴー)作戦」を策定し、三多摩地域の生活ごみを埋め立てる谷戸沢処分場の設置を受け入れるという大きな決断をしました。当時、都市化による人口急増で義務教育施設の整備に迫られ、町財政は破綻寸前の状況でしたが、この受け入れにより財政再建を果たすことができました。平成2年には、二ツ塚処分場の設置も「三多摩は一つなり」の人道的精神のもと、地元の皆様のご理解により受け入れました。これらの処分場の運営には、厳格な環境基準と高度な管理体制が求められます。町としても、環境への影響を最小限に抑え、安全性を最優先に、最新の技術と専門知識を駆使し、地域の自然環境と住民の健康を守るべく、最大限の努力と関係機関への働きかけを続けてまいります。
職住近接のまちづくりと経済活性化
職住近接のまちづくりとして、三吉野土地区画整理事業の施行により、工業団地の造成や首都圏中央連絡自動車道「日の出インターチェンジ」の開通を実現しました。平成19年には「イオンモール日の出」が開業し、地域経済の中核施設として多くの来訪者に親しまれています。周辺道路の整備や交通利便性の向上により、今後も町の発展に欠かせない存在であり続けることが期待されます。
町民とともに歩む未来
現在、町では、少子高齢化に伴う社会保障費の増加、公共施設やインフラの老朽化、物価高騰やエネルギー価格の上昇、脱炭素社会への対応など、さまざまな課題に果敢に取り組んでおります。これらの施策は、町民や事業者の皆様との対話と協働によって生まれ、育まれてきたものであり、町政の根幹には「共生」と「協働」の理念が息づいています。
町では、「みんなでつくろう日の出町」を合言葉に、「活力ある地域づくり」「災害に強いまちづくり」「子育て・教育支援」「福祉のまちづくり」「持続可能な行財政運営」の視点を持ち、「町民に寄り添い 日の出町に住んでよかった」と思える施策を着実に推進してまいります。
この節目の年は、過去を振り返り、未来への第一歩を踏み出す重要な年です。次の10年、50年、そして100年先の未来に向けて、持続可能なまちづくりを進めていかなければなりません。
今を生きる私たちが、この町に誇りを持ち、町民一人ひとりが主役となって、「安心して暮らせるまち」「子どもたちが夢を描けるまち」「誰もが居場所を感じられるまち」を、皆様とともに創ってまいりたいと考えております。
結びに
最後に、ご臨席いただいた皆様、そして日頃よりまちづくりを支えてくださっている関係者の皆様のご健勝とご多幸、並びに日の出町の限りない発展と繁栄を心より祈念申し上げます。
令和7年10月13日 日の出町長 東 亨
トップページ
ホーム
暮らし・手続き
子育て・教育
福祉・健康
事業者の方へ
町のとりくみ
施設